働き方の価値観が変化!多様化する社労士の仕事とは。

2022年7月17日(日)

INTERVIEWインタビュー

社会保険労務士 江尻事務所の江尻育弘所長に、
進む「働き方改革」で需要が増す社労士の存在や、
多様化する働き方に即した就業規則と社内風土の変化について、
インタビューさせてもらいました。

(聞き手・ライター 長嶺 真輝)

江尻事務所の江尻育弘所長

働き方の価値観の変化で多様化する社労士の仕事

社会保険労務士 江尻事務所の江尻育弘所長

 

 「働き方改革」という言葉が世の中に定着した昨今。ワークライフバランスの向上やパワーハラスメント(以下、パワハラ)の抑制、男性の育児休業の取得推進など、経営者や人事担当者に求められる組織づくりの要素は日々多様化している。

 

 社会保険労務士として沖縄の地に根を張り、25年。人事労務の「コンサルティング」一筋の江尻育弘さんは「100年続く組織作り」を掲げ、社会の価値観の変化を的確に捉えながら組織の様々な悩みに正面から向き合ってきた。

 

 どうすれば人材が定着し、働きがいのある職場環境を構築できるのか。就業規則の適正化にとどまらない、社内風土の改革にまで踏み込んで「困った」を解決する江尻さんのコンサルティング手法とは。

01トラブルを未然に防ぐ就業規則の適正化

ー江尻さんの強みを教えてください。

 労働時間と賃金。この2つは就業規則の一番の土台部分になりますが、組織内で揉め事のタネになりやすいとても重要なポイントです。昼休みが何時なのか、テレワークを取り入れているのか、パートの方は何時から何時まで働くのか。賃金も含め、いずれも会社ごとに個別性があります。

 日本の法律では、賃金は労働時間の関数なので、とても密接な関係にあります。なので、どちらもしっかりとしておかないといけないのですが、労働実態と就業規則が食い違うケースもあります。

ーそうなると、会社と従業員の信頼関係にも悪影響を与えてしまいますよね。

 例えば、定時の就業時間を過ぎた後の残業代が支払われていなかったり、割増賃金の法律上の割増率が間違っていたりということもあります。トラブルを未然に防ぐ意味でも、労働時間と賃金に関する就業規則の適正化や正しい運用はとても重要です。私たちは時間をかけてこのあたりに取り組むので、強みとしています。

02パラハラの増加と共通認識の必要性

ー働き方に対する世の中の価値観の変化が顕著です。近年の相談内容に特徴はありますか。

 一方で、最近は露骨に年休が取れないとか、残業代が未払いというケースは減ってきていて、潮目が変わってきたように思います。むしろトラブルが増えているのは、パワーハラスメントに関する相談です。

 これは労働時間や賃金とダイレクトに結び付いているわけではなく、組織風土の問題です。社員の心が荒んでハラスメントに発展したり、仕事に対するやる気が削がれてしまうということがあります。

社会保険労務士 江尻事務所の江尻育弘所長

ーパワハラにおける課題は。

 パワハラに関する問題は大きく分けて2つあります。まず、従業員さんのパワハラに対する知識の不足です。「強く言われた」「気分を害された」など個人の感覚ではなく、ちゃんと定義があります。

※厚生労働省によるパワハラの定義。以下の3つの要素を全て満たすもの。

  •  ①職場における優越的な関係を背景とした言動
  •  ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
  •  ③労働者の就業環境が害されるもの

 このあたりは、一人一人の「意に反して」性的な言動を浴びせるセクシャルハラスメントとは異なります。パワハラの難しいところは指導との線引きです。そのため、法制化も遅れました。

 例えば、従業員さんの命に関わるようなことは厳しく言わないといけないけど、知識が不足しているとそれもパワハラと捉えられかねません。もう一つの問題は、育成をやらなくなるケース。パワハラと言われるのが怖いから、腫れ物に触るように当たり障りのない接し方をするようになってしまうことです。

 これに関しては、就業規則で規定をしてもなかなか変わりません。実態に即した手を打つ必要がある。聞き取りをしながら根っこの方まで探っていくと、原因は組織風土に行き着くことが多いですね。

ーそのような悪循環に陥ると、人材が育たず、事業の継続や業績の成長が難しくなりますよね。
どのようなアプローチで改善に取り組んでいるのでしょうか。

 パワハラの予防には組織内で共通認識を持ってもらうことが必要なので、研修を行います。管理職向け、一般職員向け、両者を対象に同時に行うこともあります。従業員さんには「なんでもパワハラではありませんよ」というメッセージを流さないといけないし、管理職の方には「言葉の使い方には気を付けましょう」ということなどを伝えます。

ー社労士さんは書面上での仕事が多いイメージでしたが、従業員同士の人間関係のあり方まで踏み込んで労働環境の改善に取り組むんですね。

 就業規則はあくまでハコや建物のようなイメージなので、組織風土を良好なものにしていくためには、中身が伴わないといけません。できるだけ深く聞き取りをして、根っこの原因に対処できるようにしています。もちろん、まずは経営者や担当の方に「信用できる」と思ってもらって初めてこういった相談がきます。

 長年、いろいろな相談を受ける中でだんだん組織ごとの距離感も分かってきます。法律に沿って就業規則を作ることに力を入れる場合もあります。ケースバイケースで対応しています。

03「採用」と「定着」 変化していく学生のニーズ

 変化していく学生

ー仕事に対する世代間での感覚の違いも顕在化しているように思います。

 今、経営者にとって大きなテーマとなっているのは「採用」と「定着」です。現代の若年層にとっては、年次有給休暇がしっかり整備されていることや残業の少なさが賞与の多さと同じか、もしくはそれ以上の魅力になっています。仕事の優先度がより高い時代を生きてきた世代の経営者には、まだ価値観の変化に考え方が切り替わっていない方もいます。

ー長年の経験で培われた価値観を変えるのは難しいですよね。

 社長さんと一緒に就業規則をつくっていく中で、学生さんのニーズが今どこにあるかということを伝えることで、だんだん社長さんの頭の中も整理されていきます。

 有給にしても「これ法律だから整備しないといけませんよ」と言ってもなかなかモチベーションは上がりませんが、採用と定着というテーマに沿うと前向きになります。

 求める人材を採用し、長く定着させることは事業の継続やサービスの向上に直結するため、実感が伴うからです。男性の育児休業が取れるかという学生のニーズもとても伸びてきていますよね。こういった事実を、まずは経営者が知るということが重要です。

04定着率をさらに高める「働きがい」

ー人材の定着を推進する上で、入社後の労働環境も大事になってきます。

 定着に必要なことは「働きやすさ」と「働きがい」です。働きやすさは空調など快適な環境だったり、先ほど話した育休や年休の整備がとても影響します。

 一方の働きがいは社内のコミュニケーションと関係があります。職場の仲間と話していると、とても仕事が弾むとか、ここで働いていると自分が磨かれるという成長予感が大事になります。

ー社員の働きがいを向上させるためにどのようなことに取り組んでいるのですか。

 社員同士の相互理解を高めるために、コミュニケーション研修を行います。2人1組になってお互いの事を話してみてもらったり、まず自己理解を深めてからセミナーを始めたりもします。働きやすさだけを追究していてもなかなかうまくいかない。マンネリも生まれてきます。

 多様な働き方を認める社内風土が醸成していけば、社員に求められる仕事の質のレベルも上がってくる。自ら働きがいを見出す社員の自覚も必要なので、そういったことも伝えるようにしています。

ーちなみに、沖縄の組織ならでの特徴ってありますか。

 のんびりしてますね(笑)。都市部のように権利や義務を強調してかちっと組織をつくってしまうと、うまくいかない部分はあるかもしれません。ユンタクや休憩もしながら、一緒に頑張っていこうという雰囲気づくりができる社員も重宝されますね。

05経営者として培った含蓄

ー「孤独」とも言われる経営者から信頼を得るというのは簡単ではなさそうです。
相談に乗る際にどのようなことを意識しているのですか。

 私も一経営者として苦労してきました。偉そうな事を言ってますけど、私も従業員に辞められてしまった経験もあります。頼りないと思われるかもしれませんが(笑)。

ーそういう経験をしている方の方が相談する側はより信頼できると思います。

 社労士であるのと当時に経営者でもあるので、組織を維持することの難しさは分かります。相談相手の気持ちを察しながら、話を聞いています。

ー日々色々な悩みに向き合うので、ご自身の悩みも増えそうですね。

 8年ほど前からマラソンを始めたのですが、走ってると結構考えがまとまる時があります。走り終わった時には、悩んでる事が解決したような気になることも多い。何も事態が変わってないのに(笑)。ただ、気持ちが前向きになるだけで実際に解決することもありますね。

社会保険労務士 江尻事務所の江尻育弘所長
インタビュー

取材日 : 2022年6月27日

場所 : GoodWork首里

聞き手・ライター : 長嶺 真輝

カメラ : 真栄田久子


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